6.
「……心配しなくても、悪魔っておまえのことじゃないよ。これでもうここには誰も来ないだろ。俺がいるってわかったから」
自分の横で立ち尽くしている幽霊に、ヨーダは顔を見せずに声をかけた。
深くかぶったフードがなんだか重く感じて、ヨーダは下を向いたまま立ち上がる。
「おまえはすごいよ。歌声一つで人の心まで、救えるんだから」
自分と同じように顔を隠す幽霊のことを、まるで自分と同じような存在だと思ってしまっていた。ヨーダはそんな自分を恥ずかしいと思った。自分は、むやみやたらと人を傷つけるだけの存在なのに。
「真実の瞳は、決して恐ろしいものじゃない。到達点を間違わなければ、って、トーマが言ってたよ」
その言葉に、ヨーダは顔を上げ幽霊を見た。
「おまえ、真実の瞳のこと知ってたのか? ていうか、誰だよトーマって」
「トーマはぼくのおとーさん。今おもいだしたの。きみのおとーさんはエリファスでしょう? おかーさんはマーリン。エルの、だいじな、おともだち!」
幽霊は相変わらず長い前髪で顔が隠れていたが、ふふ、とヨーダに笑ってみせた。
「到達点とか、意味はよくわからないけど、エルもトーマも、エリファスのこと好きだったよ。大好きだったよ。マーリンはもっと大好きだったとおもうよ」
言われているのは父親のことなのに、ヨーダはまるで自分の存在が肯定されたような気持ちがした。けれど素直じゃない自分が、うぬぼれるなと心の奥でささやく。
「気を使ってるのか? だとしたらおかまいなく。嫌われるのは慣れているし、事実俺は人を傷つける。おまえだって、俺の目を見たら、逃げ出すだろうし。あるだろ? おまえだって、知られたくないこととか、悪いことしたとか、そういうの」
「ある……!」
即答だった。ヨーダは苦笑いする。
「そうだよな。おまえ、知られたくないことだらけだもんな。名前だって、教えてくれないし。名無しの幽霊だもんな」
「カナタ」
「え?」
「……ぼく、なまえ、カナタ」
もじもじと、幽霊は自分の名前を口にした。ヨーダは何故頑なに名乗らなかった幽霊が急に自分の名前を明かしたのか不思議に思い、そのことを問うた。幽霊、もといカナタは両こぶしを胸の前で握り締め、
「あのね、あの、ぼくの大事な場所、一緒に守ろうとしてくれたから。ありがとう」
と青あざのある頬を赤らめながら、答える。
「お礼なんかいいよ。俺はただ、おまえの歌が聴きたかっただけで……」
「そうだ、きみのなまえ! きみのなまえ、おしえて」
ヨーダは突然の言葉に戸惑いながらも、自分の名前をカナタに伝えた。
「名前、ヨーダっていうの? じゃあ、ヨーダ、おれいに、ぼく、歌います。どんな曲がいいですか?」
「どんな曲でも、おまえが歌ってくれるなら、いいよ」
ヨーダが答えると、カナタは魔法で宙に浮くピアノの鍵盤を出し、花形の水泡の中で腕を組み考え始めた。
しばらくして、カナタはそのかさかさの指でゆっくり鍵盤を叩き始める。白く光る音符が天井に吸い込まれていく。
泣いても笑っても
そこにあるのは沈黙でした
空回りする優しさが
今も自身を傷つけ続けているのを
君は気が付いているのでしょうか
雨上がりの夕焼けを
君はひとりで歩くから
願わくば君の傍らに
星のような笑い声と
月のような優しさを
君と同じ
優しさを
幾千の瞬きが
君の背を押すように
カナタの声は、どうしてこうも感情を揺さぶるのだろうか。
ヨーダは楽しそうに歌うカナタの横顔を見つめ、その横顔の線の美しさに月のような優しさを見たし、瞼を閉じたその先には、星の瞬きを見たような気がした。
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